ワールド・プロジェクト・ジャパン  〜 合奏音楽のための国際教育プロダクション 〜


日本の音楽は硬直している?

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  1999年3月に行われた国際基督教大学(ICU)ビッグ
  バンドのアメリカ西海岸公演レポート。

<機械的と音楽的>
「音符を演奏するのではない、音楽を演奏するのだ」
 
ここでも、また指摘された。このツアーで受けた3回のバ
ンド・ワークショップで、それぞれの講師から、同じこ
とを指導され続けてきたのだ。

はじめはロサンゼルスのカリフォルニア州立大学ノース
リッジ校でマット・ハリス氏から、2回目はピッツバー
グのロスメダノス大学でジョン・マルテスター氏から、
そしてここUCバークレーのデイヴ・ラフェイ氏からも。
「そんなに機械的な演奏ではなく、もっと音楽的に」と
いうアドバイスである。
 
「みなさんのアンサンブルは、完成の域に達しています。
たいへんな練習量をこなしていることが演奏からよく分
かります。でも、譜面に忠実な演奏をしようとするあま
り、全体の音楽性を見失っている時があるのです」
 
この指摘は、日本の多くのアマチュア・ビッグバンドに
あてはまるし、吹奏楽や合唱など、ほかの合奏音楽にお
いても参考にすべき点かもしれない。

アンサンブルが緻密すぎて遊びがない、時として機械的
な演奏に陥ってしまうということだ。


<アメリカ公演で学んだこと> 
国際基督教大学(以下ICU)のジャズ・ビッグバンド「モ
ダン・ミュージック・ソサェティ(以下MMS)」は、この
3月、ホノルル、ロサンゼルス、サンフランシスコを巡る
2週間のアメリカツアーを行った。
 
ハワイの環太平洋音楽祭にゲスト出演し、ロサンゼルス
ではCMEA(カリフォルニア州音楽教育者協会)のコンベ
ンションで演奏。また、各地で音楽大学やハイスクール
のジャズバンドとジョイントコンサートを行った。
 
さらに、ハリウッドのキャピトル・スタジオでゲーリー・
フォスターをゲストに、CDをレコーディング。ここは、
かのフランク・シナトラが愛用した一流スタジオであり、
ゲーリー・フォスターはかつての秋吉敏子&ルー・タバ
キン・ビッグバンドのリードアルト奏者として著名なサッ
クス・プレイヤーである。
 
これらの「ビッグイベント」の合間をぬって、ジャズ&
クラシック専門CD問屋の倉庫を訪れCDを大量に買い、西
海岸最大の譜面屋で教則本を選び、音大でジャズの講義
を聴講し、ふんだんに音楽的刺激を受け続けた2週間で
あった。


<ジャズ教育の違い>
日本において、ジャズを専門的・体系的に学ぶ機会は非
常に限られている。高校、大学、社会人を問わず、アマ
チュア・ビッグバンドは、プロの指導者に教わるのでは
なく、自分たちの手探りで研究し、練習することが一般
的である。
 
一方、アメリカでは、ハイスクールでも大学でも、ジャ
ズバンドはクラブ活動・サークル活動ではなく、授業の
一環として行われる。したがって、指導者は、音大でジャ
ズを専攻し教育者としての資格を得たプロのバンド・ディ
レクターである。ここに、日米のジャズを取り巻く環境
の決定的な差が存在する。


<MMSは例外的存在>
情報量の乏しい日本のジャズ環境にあって、MMSは恵まれ
た条件下にあるといえるだろう。ここでは、金管、木管、
リズムの3人の専任トレーナーが、定期的に指導を行って
おり、ジャズの基本からインプロヴィゼーション(即興
演奏)のノウハウまで教授するシステムができあがって
いる。
 
MMSというバンドが、大学へ入ってから楽器を始めた初心
者が多いにもかかわらず、山野ビッグバンド・コンテス
トにおいて上位入賞を繰り返している背景には、このよ
うな体系的な教育システムの存在があったのだ。
 
専任トレーナーによるバンド指導は、吹奏楽の世界では
当り前のことになりつつあるが、ジャズバンドにおいて
は、まだ一般的とはいえない状況である。


<リジッドな音楽>
そのMMSが、合宿を組んで練習を重ね、練りに練り上げた
10曲を持ってアメリカ公演に臨んだわけだが、先述の通
り、ワークショップでは「演奏がリジッドである」と指
摘され続けた。
 
リジッド(rigid)とは「硬直した」という意味である。
本来フリー(自由)であることを理想とするジャズにお
いて、リジッドであるというのは、「ジャズではない」
と宣告されるに等しい、厳しいコメントだともいえる。
 
しかし考えてみると、日本の合奏音楽は、ジャズ、ポッ
プス、クラシックを問わず、すべて堅牢なアンサンブル
を構築するために練習を重ねているのではないか。つま
り、日本の音楽はすべてリジッドな方向を目指している
ように思われる。
 
そして、「フリー」はジャズだけが目指す特別な目標で
はなく、クラシックを含め、おそらくすべての音楽、い
やすべての芸術が到達すべき至高の境地だろう。生命力
あふれるみずみずしさこそ、アートの本質であり感動の
源なのだから。
 
そういう意味では、MMSに対する「演奏がリジッドであ
る」という指摘は、日本の合奏音楽全般に対して向けら
れた批判ととらえるべきかもしれない。


<初見読みの効用>
では、リジッドから抜け出すにはどうすればよいのか。
アメリカで受けたワークショップでは、ひとつの解決策
として「初見読み」を教えられた。
 
いろんな種類の譜面を、次々に初見で読み飛ばす練習を
重ねることによって、音符にとらわれないようにするの
だ。「これは音符の背後にある"音楽"を読むための練習
なのです」と、講師は表現した。
 
「音符」を読むことに習熟するのが初見読みの目的だと
考えていた私たちにとって、音符を超えるために初見読
みをやれという講師の発言は驚きだった。


<スタンディング・オヴェーション>
リジッドではあっても、MMSの演奏は、聴衆の喝采を浴び
るほどの高いレベルにあることを付け加えておこう。ワ
ークショップで受けた講師の厳しいコメントは、「さら
に高いレベルをめざすなら」という括弧つきでの、きわ
めて次元の高いアドバイスである。
 
実際、MMSの演奏は、どこへ行ってもウケた。特に、ロサ
ンゼルスのエルドラド・ハイスクールでの演奏は圧巻で
あり、最後の曲の終了直後に、観客全員総立ちのスタン
ディング・オヴェーションをいただいた。
 
日本で演奏する限り、プロでもなかなか味わえないスタ
ンディング・オヴェーション。この経験があるかないか
で、おおげさにいえば、その後の音楽人生が大きく変わ
るほどの、これは衝撃的な体験なのだ。
 
CD、譜面、ワークショップ、レコーディング、そしてス
タンディング・オヴェーション。多くの収穫を得て、MMS
一行はサンフランシスコ空港を飛び立ち、4月3日成田へ
帰国した。

ワールド・プロジェクト・ジャパン 黒坂洋介

投稿者 kurosaka : 2004年3月15日