街にジャズがやってくる
アルビン・トフラーが「第三の波」で指摘した社会
構造の変化に対応するための、ミニ・ジャズ・フェ
スティバルのネットワーク構想。
<アルビン・トフラーの予言>
1980年に刊行されベストセラーとなった「第三の波」に
おいて、著者トフラーは、世界中で起きつつある大きな
社会構造の変化を6つ指摘している。
1.規格化の原則は、「多様化」へと向かう。
2.専門化の原則は、「一般化」へと向かう。
3.同時化の原則は、「適時化」へと向かう。
4.集中化の原則は、「分散化」へと向かう。
5.極大化の原則は、「適正規模化」へと向かう。
6.中央集権の原則は、「分権化」へと向かう。
これは、政治、産業、情報体系、国家、メディア、エネ
ルギー、家庭、教育、労働から個人のライフスタイルに
いたるまで、ありとあらゆる分野に影響を及ぼす、大き
な時代の変化であると、トフラーは指摘した。
<現実となりつつある変化>
「第三の波」から20年が過ぎ、さまざまな分野で、トフ
ラーの予言が現実となりつつある。
もっとも身近なところでは、インターネットの普及があ
げられる。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌という「極大化」
したメディアが、「専門家」の手によって「集中」「規
格化」した情報を、「中央集権的」手法で「同時」に発
信するというのが、これまでの情報流通のあり方だった。
ところが、インターネットでやり取りされる情報は、こ
れとはまったく正反対。「一般」の人が、きわめて「多
様」な情報を、「分散的」「適時的」かつ「適正規模」
で交換するという「分権的」構造である。
エネルギー問題にも変化の兆しが見られる。大規模な企
業が電力を生産するこれまでのやり方から、小規模な一
般の発電者が、さまざまな方法で作った電気を、相互に
やりくりし合う方法が模索されている。
5万品目もの商品を揃えるスーパーマーケットを押さえ
て、3千品目だけを並べるコンビニエンスストアが、小
売業の主役となりつつある。セブンイレブンの年間売上
がダイエーを抜いたのは、象徴的なできごとである。
SOHOの流行は、少しずつ広がってゆくだろう。SOHOとは、
「スモール・オフィス・ホーム・オフィス」の略で、自
宅を仕事場として働くライフスタイルのことである。通
信手段の発達により、通勤から解放される人の数は一層
増えると見られる。みんなが「同時」に会社へ「集中」
して働く必要性は、相対的に低くなりつつある。
長野、栃木、千葉、秋田などの知事選は、有権者の意識
が変わりつつあることを示している。中央政治の閣僚や
秘書団が大挙して応援にかけつけ、「中央とのパイプ」
をさかんに訴えても、保守政党が得票できないという事
態が、「保守王国」と呼ばれる地域で起きている。
<イベントのあり方は変わるか>
トフラーの指摘するこのような変化は、音楽イベントに
はどのような影響を与えるだろう。ジャズ・フェスティ
バルや音楽祭など、大小さまざまなイベントの仕事に携
わってきて感じるのは、これらの変化をうまくとらえれ
ば、イベントをより魅力的なものに作り変えていけるの
ではないかという期待である。
たとえば・・・・
1.多様化:
各地で「その土地ならでは」の個性的なイベントを開
催する。全国スタンダードである必要はなく、有名な
イベントのコピーをすることもない。横並び意識を捨
てて、ユニークなアイデアを形にしていく。
2.一般化:
いわゆる「業界のしきたり」を打破する。主催者も出
演者も、悪い意味でのプロフェッショナリズムから脱
却し、アマチュアの知恵と汗を積極的に活用する。
3.適時化:
機械的に反復する定例行事を作るのではなく、より柔
軟な「不定期反復型イベント」も考えられる。また、
大型休暇に合わせるのではなく、勤め帰りなど日常の
隙間時間を活用することも有効である。
4.分散化:
大都市に集中しているイベントを、中小都市にも分散
していく。さらに、大ホールなどの大型会場から、街
頭、商業施設、ライブハウス、家庭など、小さなスペ
ースへの移行も念頭に置きたい。
5.適正規模化:
極大イベントを改め、中小規模イベントの組み合わせ
を活かす。
6.分権化:
東京で制作したものをそのまま他地域へ持ち込むので
はなく、地元の企画運営にもとづく制作を心掛ける。
<規模から構造へ>
これまでのイベントは、ともすれば「より大規模に」
「より大きな予算で」「より多くの聴衆・観客を集め」
「よりメジャーな内容を」という、「規模追求型」にな
りがちであった。
しかし、時代の変化を敏感に察知するならば、これから
は、「適正規模」「低予算」「良質な聴衆・観客」「オ
リジナリティの高い内容」など、質的な面を充実させて
いくことも有効な選択肢となる。
高品質な小イベントが各地に生まれ、それらが連携を始
めた時、「小」は単なる小でなくなる。そこには、「規
模の大小」という基準では測れない、まったく新しいイ
ベント形態が現出する。
それは、「イベントとサポーターの関係」、「複数のイ
ベント同士の関係」が重視される、いわば「関係追求・
構造追求型」になる。
「規模」から「構造」へ。これが、今後のイベントを考
えるうえで、ひとつのキーワードとなろう。
<構造重視イベントの先行事例>
このような変化を先取りした事例を見よう。
1. シネマネー(cinem@ney.com):
映画制作を支援するサポーターをインターネット
で募る。募集した個人スポンサーに対しては、プ
ロデューサーの制作日記閲覧、監督や出演者との
メール交換など、制作スタッフの一員であること
を実感できるような特典が付与される。
2. 公共ホール演劇制作ネットワーク事業:
(財)地域創造の呼びかけで、全国から7つの公共
ホールが集結。各ホールの職員が企画段階から参
加して、共同で演劇を自主制作した。演目:三島由
紀夫「サド侯爵夫人」。出演は夏木マリほか。
3. Break Station Live:
JR東日本とJJazz.Net(インターネット・ラジオ局)
が手掛ける東京駅構内のジャズ・コンサート。今後、
全国各地の駅へ多会場化して展開できれば、ユニー
クなジャズ・フェスティバルとなる可能性を秘めて
いる。
映画制作チームにアマチュアを加えたり、各地のスタッ
フが協力して手作りの芝居を立ち上げたり、あるいは鉄
道とインターネットが手を組んでイベントを仕掛けたり、
さまざまな分野で意欲的な実験が行われている。
<ワールド・プロジェクト・ジャパンの試み>
ワールド・プロジェクトでは、毎年ゴールデンウィーク
に、アメリカからゲスト・アーティストを招聘し、全国
各地でアマチュア・ビッグバンドと共演する企画を続け
ている。
1995年 Bobby Shew
1997年 Bill Watrous
1998年 Bobby Shew
1999年 Wayne Bergeron
2000年 Bruce Paulson
2001年 George Graham
たとえば、今年の George Graham は、徳島、静岡、名
古屋、江古田(東京1)、新宿(東京2)、大阪、金沢、
富山、多摩(東京3)、横浜、三鷹(東京4)で公演を
行う。
すぐれたアーティストと共演を重ねることで、各地のバ
ンドは、音楽面でも運営面でもレベルアップする傾向が
見られる。また、当企画への参加バンドも徐々に増えつ
つある。
<街にジャズがやってくる>
このプロジェクトは、展開次第で、「街にジャズがやっ
てくる」という楽しいイベントに発展する可能性がある。
以下にその試案を添えよう。
1. 各地の公共ホールと地元アマチュア・バンドの共同
主催とし、人的・物的・経費的な協力関係を築く。
2. 地元音楽ファンをサポーターとして組織化し、準ス
タッフとしてイベント運営に加える。
3. 地域社会との関係を深めるために、学校や商業施設、
駅など公共スペースでの追加公演も視野に入れる。
4. 教育的要素をさらに付加し、ワークショップやクリ
ニックなどを積極的に行う。特に吹奏楽団や合唱団
へのジャズ指導には力を入れたい。
5. 他公演地の様子を、お互いにリアルタイムに知るこ
とができるよう、インターネットで情報公開を行う。
6. 全イベントを、統一したプロジェクト名で総称し、
他地域とのアイデア交換や協力を行えるよう環境整
備する。
このようにして、「ミニ・ジャズ・フェスティバル群」
を共通のコンセプトでつなぎ、メディア(インターネッ
ト)でバックアップすることで、全体として、ひとつの
「ネットワーク・ジャズ・フェスティバル」ができる。
自分たちの手で企画・制作したジャズ・フェスティバル
が、全国を回って、わが街にやってくる。サーカスや移
動遊園地のような、なんとも不思議な興奮をおぼえるで
はないか。
トフラーが描いた未来は、意外と人間臭くて懐かしい、
こんな世界なのかもしれない。
ワールド・プロジェクト・ジャパン 黒坂洋介
投稿者 kurosaka : 2004年3月15日