エリック・マリエンサルのサックス講義録
Free jazz saxophone lessons with Eric Marienthal
2023年クリニックより
マイナスの学習をしないために
ちょっと一息:エリックの日本語修行
❑かならず意味、意図のある音を出す。
❑意図しない音をけっして出さない。
❑即興ではフレーズの羅列ではなくメロディを奏でる。
❑聞き手(聴衆)に対して語りかけるつもりで演奏する。
❑それを実現するために必要な基礎技術を身につける。
❑やることはたくさんあるがエア(腹)、スロート(喉)、アンブシュア(口)の3要素は特に重要。
❑基礎技術を磨くために自分のルーティーンを持つ。
❑スケール練習はスラー、レガートタンギング、スタッカートなどさまざまなアーティキュレーションで練習する。
❑目よりも耳を使って演奏する。
❑練習ではなく演奏であると感じる。
❑自分の音をよく聴く。
❑同時に自分の内面にある意図に注意を向ける。
❑脳内にある音もよく聴く。
❑バンドの音をよく聴いてそれとぶつからないように演奏する。
❑メトロノームを使って練習する習慣をつける。
❑タイム感覚はきわめて重要。
❑タイム感を育てるためにドラマーが何をしているかに注意する。
❑自身をパーカッション奏者であると意識して演奏する。
❑ドラマーの音と自分の音を統合して音楽を作る。
❑伴奏の上にソロがあるのではなく、両者が対等の関係で音楽を作り上げる。
❑たくさん音を並べるだけでなく、長い音を聞かせるくふうをする。
❑一つの音から次の音へのつながりを意識する。
❑一にも二にも正確に。正確なピッチ、正確なタイム、正確な音の出だし、正確な音の切り、正確な音色、正確な音量、正確なアーティキュレーション、正確な音のつなぎ、正確なエアコントロール。すべてを徹底的に正確に。
❑そのためにまずはゆっくり練習する。正確さを確認しながら徐々にテンポを上げていく。
❑ビブラートなどの装飾は控えめに。それは餃子のタレで言えばラー油のような役割と考える。ほんの少し入れるとおいしいけれど、入れすぎてしまえば台無しになる。
❑音の出だしを正確に。
❑音の切りを正確に。
❑音の吹き伸ばしを安定させて。
❑音と音のつながりを正確に。
❑とにかく正確に、正確に、正確に。
❑アンブシュア(口)、スロート(喉)、エア(腹)の3点に注意。
❑これらを意識しながらスケール練習する。
❑レガートタンギング、スラー、スタッカートを組み合わせる。
❑どこでどのアーティキュレーションを使うか正確に。
❑技術は最終目標ではない。
❑技術的課題をクリアすることで創造性を音楽に向ける。
❑ゴールはあくまでも音楽。
❑どういうサウンドを出すか明確に思い描いてから吹く。
❑どいういうふうに聴かれたいかを思い描く。
❑そのサウンドを出すための口、喉、腹をセットしてから音を出す。
❑その障害になるものを取り除いて快適な演奏状態を作る。
❑道具を整え、技術を整えるのはそのため。
❑エアは流し続ける。
❑それを舌で止める。
❑流れるエアを舌で切っていくのがタンギング。
❑これらの基本技術はメロディを吹くとき忘れられがちである。
❑だから技術を正確に反映させながらメロディを吹くことを心がける。
〈こぼれ話〉
サックスクリニックでのことです。受講者からこんな質問がありました。
「エリックさんでも思う通りに楽器がコントロールできないことはあるんですか?」
それに対してこんな回答がありました。
「チック・コリアとツアーをしていると、彼にも好不調の波があることに気づく。もちろん高いレベルでの話だけれど。私はチックの最低レベルの状態でもいいから、そこへ近づけるよう日々練習しているんだ」。
この言葉に会場の空気はピンと張り詰めました。通訳をしていた私も思わず居住まいを正したのを覚えています。求道者と呼ぶにふさわしい、厳しく気高い姿勢に身の引き締まる思いでした。
私(黒坂)は、これまで何度もエリック・マリエンサルのクリニックや個人レッスンで通訳をしてきました。彼の中心的アイデアは「基本に忠実に」です。
●ゆっくりと
●慎重に
●正確に
●均等に
●すべてをコントロールしながら
これらのポイントを確実に守って練習した結果がエリックのあの「美しいサウンド」「正確なピッチ」「制御されたタイム感」なのでしょう。
たとえば単音の吹き伸ばし(ロングトーン)をするとします。このとき奏者は「サウンド=音色」「ピッチ=音程」などに対して十分な注意を払うことができます。
しかしそこに、たとえば「ビブラート」という技術を加えると、たちまち「音色」「音程」に影響が出ます。エリックは「テイクオーバーtake over=乗っ取る」という言葉を使います。ビブラートがサウンドをテイクオーバーしてしまうというわけです。
同様のことはアーティキュレーションにおいても起こります。ロングトーンのときは万全の音色であっても、スタッカートやスラーで吹くことでそのクオリティが落ちる。アーティキュレーションがサウンドをテイクオーバーするのです。
「フィンガリング」「インプロヴィゼーション」「フレージング」などなどサウンドをテイクオーバーする要素は無数にあります。
そしてもっとも重要なのは、練習しているときそれらの技術的要素が自分のサウンドをテイクオーバーしていることに気付きにくいことです。
たとえばあるフレーズの練習をしていると、すべての関心がフレーズのほうへ行ってしまい、自分の音色のクオリティが低下していることに気付かない。フレーズが「できた/できない」だけに注意を向けることで、悪いサウンドが定着するおそれがあるわけです。
これはフレーズにとってプラスの学習が、サウンドにとってはマイナスの学習になり得ることを意味しています。
同じように、フレーズ練習がピッチへのマイナスとなったり、タイム感へのマイナスとなったり、ということがつねに起こります。
また、エリックは「息で壁を支えるように」という表現もよく使います。サックスを吹くときは、目の前の壁がこちらに向かって倒れてくるのを息で支えるように想像するのです。
息の流れが途切れたら壁が倒れますので、常時息を吐き続ける。その「流れ続ける息」を舌で切っていくのがタンギングだというわけです。
これは意外に難しいことで、レッスンやクリニックでも、すぐに息が途切れてしまう奏者を多くみかけます。それはテクニック不足というよりは、息を吐き続けるフィジカルな能力が不十分なのだと考えられます。
さらに息の流れについてもマイナスの学習が成立し得ます。アーティキュレーションやフレージングを練習することが「安定した息の流れ」をテイクオーバーしてしまうからです。
●ゆっくりと
●慎重に
●正確に
●均等に
●すべてをコントロールしながら
というエリックの教えは、これらの「マイナスの学習」を最小化するための知恵だと言えるでしょう。
タクシーに乗るとき(降りるときもね)運転手さんに「トランクヲ、アケテクダサイ」と言うのがエリック的にはマイブーム。
でも「アケテ」のところが難しいようで、今日はメールの最後にこんな一文が。「Toranku o aite kudasai.」そこで「Toranku o "AKETE" kudasai !」と添削してあげたところ、丁寧な礼状が届きましたの。
「Shin'ainaru Yōsuke, Watashi ni kono jōhō o sōshin suru tame ni arigatōgozaimashita. Anata no kyōryoku ga hijō ni takaku hyōka sarete imasu. Attakai yoroshiku, Erikku」
日本語は難しい(笑)
※本人の許可を得て転載しています。2016年11月
投稿者 kurosaka : 2023年11月 7日