ディック・オーツのサックス講義録
クリニックでは、いろんな有益なアドバイスが得られました。サウンドは口ではなくエアで作れ、腹に口があると思えと。
「音」を吹くのではなく「音楽」を奏でる、そのためには頭の中で演奏する内なるリズムセクションに耳を澄ませる。
一人でこもって練習ばかりしないで、他者と音を出し合いコピーし合うような練習もすること。ロングトーンも、インターバルも、曲の学習も、たとえば二人一組でやってみるとよい、などなど。
耳を使ったエクササイズの実習から入りました。まずディックが示した短いフレーズをサックス全員で繰り返し演奏します。その上に乗せてディックが即興ソロを吹いてみせます。
次は、アルト、テナー、バリがそれぞれ違うフレーズを繰り返し、それを伴奏としてディックがソロを吹きます。本当は、伴奏となるフレーズもメンバーに即興で作ってもらい、それを重ねていきたかったのですが、こういう練習に慣れていないので、それは今後の課題に。
総練習の33%は良い音楽を聴くことに、次の33%は一人での技術練習に、残りの33%は他者と聴きあってする練習にあてなさいとディックは言います(最後の1%は良い食事を)。ここでやった実習は、他者と聴きあう練習のサンプルとして貴重なアイデアです。
何かを聴いたら、それをすべてのキーで演奏できるように練習しなさい。譜面に書かないで、耳を使って移調する。ジャズミュージシャンに「得意なキー」と「苦手なキー」があってはいけない。
ジャズとは紙に書かれている音楽ではない。お互いに聴きあって生み出していく音楽だ。「目」でなく「耳」を使うことを学びなさいとディックは言います。
●練習では、「リズム」「サウンド」「技術」を磨く。
●そしてそれらをうまく組み合わせるようなエクササイズをする。
●機械的にルーティンをこなしてはいけない。
●どんなフレーズでも、それを自分の音楽とするように心がけること。
●呼吸はテンポ、強弱など音楽的要請に合わせて変える。会話におけるコミュニケーションと同様だ。
●正しい音程があると考えるのではなく、多くのプレイヤーがお互いにブレンドしてひとつのピッチに到達することを心がける。
●エクササイズに「正解」も「完成」もない。そこには「体験」があるだけだ。「より良くなる」ことがあるだけだ。
●もっとも大切なコードはドミナントだ。どんな「緊張」を緩和して「解決」するのか。それを考えて演奏することだ。
そして、ディックがサドメル楽団に入団したときのシンデレラストーリーを披露し、現状がどうであっても、何が起きるかわからない、Never say never(けっしてネバーと言わないこと)だ、とクリニックを締めくくりました。
ディックからニューヨークでのいろんな思い出話を聞かせてもらいました。
ソプラノサックスのマウスピースを選んでいて、気に入ったのを試奏していたら、店内にいたオヤジが「そんなのダメだよ」と横からケチをつけまくって去っていった。あとで店主から聞いたら、そのオヤジはSonny Rollinsだったそうです。
あるいは楽器店でリードを買ったら、そのとき売ってくれた店員がKenny Dorhamだったとか、Thad JonesがCount Basieを紹介してくれたとか、小さい頃、エリントン楽団を聞きに行って、終演後誰だかわからないけど2人からサインをもらったら、それがJohnny HodgesとDuke Ellingtonのだったとか、びっくりするような名前がポンポン飛び出します。
日本のサービスはすばらしい、と。それは決められたことをきちんと実行する文化が作り出しているのではないか。
しかしルールを守りすぎて、新しいことに挑戦したり、自由な発想をすることに臆病になってはいけない、とも。ジャズはコミュニケーションの音楽なので、臨機応変な対応が大切。いわゆる「コール&レスポンス」を実践するには、決められていないことを自分で決めていく、そういう種類の創造性が必要だと、ディックは語ります。
これは日本文化批判ではなく、アメリカのジャズを学ぶ若者たちにも同じことが言えるのだとか。先人の残した理論や技術の枠からはみ出ない、自分らしい表現を追求しない、つまり学んだことに囚われて、そこから外へ出られないミュージシャンが多いそうです。
ジャズは学校で単位や資格をもらうようなものではなく、一生かけて自分の表現を探し求める終わりのない旅。ディックはクリニックでもそのことを強調します。
偉大な作曲家やアレンジャーに対するリスペクトはもちろん重要ですが、それを素材にしてどれだけ自由に自己表現できるか。それに日々挑戦しなさいとアドバイスします。
投稿者 kurosaka : 2018年11月24日