ビル・ワトラスの思い出
神業トロンボーンとして名を馳せたビル・ワトラス(Bill Watrous)が逝去された。これまでたくさんの仕事でご一緒させてもらったので、急な知らせに言葉がない。
ひとつ印象的な出来事を覚えている。私の記憶が間違っていなければ、1997年にビルと2人で日本ツアーをしたときのことだ。
5月4日に「しらさぎ5号」で名古屋から金沢へ移動した。その車中で、ビルはCDウォークマンを使って美しいクラシック音楽を聴いていた。そのときヘッドセットを2つ用意していて、私にも一緒に聴かせてくれたのだ。
マーラーの曲だったように思うが、正確には覚えていない。緑深い山の中を、ビル・ワトラスと2人、美しいハーモニーに浸って旅したことが強く印象に残っている。
ほかにも思い出は数限りなくあるのだが、ひとまず覚えている範囲で、一緒にした仕事を記録しておきたい。もし漏れていたり間違っているものがあったら(たぶんあると思う)、ご指摘いただければ幸いである。
1991年
国際基督教大学MMS(モダン・ミュージック・ソサエティ)のトロンボーンセクション4名を乗せて、レンタカーでビルの自宅へ行ってクリニックを受講。窓の外の塀をリスが歩いていた。
1994年
大阪グローバル・ジャズ・オーケストラのアメリカツアー(Monterey Jazz Festival公演)で共演およびクリニック
1995年
国際基督教大学MMS(モダン・ミュージック・ソサエティ)のアメリカ公演でクリニック
モントレー・ジャズ・フェスティバル・イン能登で向井滋春と共演
富山フィールドハラー・ジャズオーケストラのアメリカツアー(Monterey Jazz Festival公演)で共演およびクリニック
1996年
東京リーサラ・スペシャルのアメリカツアー(Monterey Jazz Festival公演)で共演
1997年
第1回ビル・ワトラス単独日本ツアー(上記のクラシック音楽の思い出)
2004年
第2回ビル・ワトラス単独日本ツアー(宮崎で娘のメロディさん嫁ぎ先の井手家を訪問)
大阪、宮崎、東京、富山、神奈川などで公演
2007年
第3回ビル・ワトラス単独日本ツアー(約2週間の滞在期間中に15回うなぎを食す)
東京、名古屋、富山、大阪、神奈川などで公演
2010年
第4回ビル・ワトラス単独日本ツアー(これがご一緒した最後のツアーとなった)
東京、大阪、金沢、名古屋で公演
***(2010年ツアーレポートより引用)***
<耽溺する能力>
ある公演会場で、主催者さんからモロゾフのチョコレート(四角い缶入り)を勧められました。ワトラスは甘いものは食べないので、丁寧に辞退しました(私は1つだけいただきましたけど)。
そのあと、ワトラスは私にこう打ち明けました。「私がなぜスイーツを食べないか知っているか? 食べ始めたらひと缶全部空けてしまうからだよ。酒も同じだ。飲み始めたらとことん飲む。だからそれらのものを遠ざけているんだ」。
今回のツアーにおいて、私が把握している範囲だけでも、ワトラスはうなぎを8回、寿司(駅弁含む)を16回食べています。
ひとつのものに集中して極めようとする彼の性向は、おそらくトロンボーンを習得する過程でプラスに機能したと思われます。「練習しよう」などとは思わず、いつのまにか何時間も吹いていた、という感じ。
おかしな表現ですが「耽溺(たんでき)する能力」が高いとでもいうのでしょうか。天才とはこういうものなのかもしれません。
***(引用ここまで)***
天才と過ごした歓びの日々を偲びつつ、冥福を祈りたい。
ビルよ、安らかに。