ウィリー・ムリヨのトランペット講義録
社会人ビッグバンドへのアドバイス
リハの最後に、ウィリーからバンドへ「サウンド」についてのアドバイスがありました。
管楽器の場合は口元、リズム楽器は手元だけに意識を置くのではなく、遠くへ音を届けるつもりで演奏せよと。ボーカルも抱いた赤ん坊に子守唄を聞かせるような歌い方ではなく、客席に向かって語りかけるように。
大きな音を出すのではなく、意識を遠くへ置くことで、サウンドに「存在感」を持たせるのだそうです。
大学生ビッグバンドへのアドバイス
まずトランペット・クリニック。「細々としたことではなく、大きなコンセプトについて話したい」という言葉からウィリーの指導は始まりました。
音楽にとって一番大切なのは、心地よく感じることだ。そのためにはよいサウンドが必要。そのために練習するのだ。
楽器の構え方(胸を上げて)、呼吸の仕方(足の裏から吸い上げろ - これはまるで西野流呼吸法ではありませんか)、意識の置き方(20フィート先に音を届けるように)など、テンポよく指示を出していきます。
マウスピースバズィングはタンギングしないでソフトに。リップバズィングはできなくても気にしないでいい(Wayne Bergeronも上手じゃないとか)などなど具体的なテクニックについてもアドバイス。
リリカル(叙情的)な曲、たとえばクリスマスキャロルとかダニー・ボーイとか、そのような曲をサウンド作りにうまく活かしなさいと。
また、耳を使って(つまり譜面に書かないで)、そのメロディを最低4つのキーで演奏する練習を毎日くり返せば、多くの能力が得られるとも。
バンド指導はBob Florence「Oceanography」について。構成の複雑な難曲です。今日のビッグバンどはたいへんよく練習してあり、タイトなアンサンブルです。その点についてウィリーはまず高く評価しました。
クリニックでは、Bob Florenceが想定したと思われる管楽器間のバランスを作るべく曲を練り上げていきます。また曲調の変化する場面で、どのように対応するかという指導。リズムセクションに対しては常に同じことを演奏するのでなく、絶えず変化し続けることを求めました。
バリトンサックスのソロ部分では、1コーラス目はコンボのようなつもりで、バックグランドが入ってからはアンサンブルの一部としてと、リズム隊の役割が変化することを指示。それを意識することで、演奏にぐっと奥行きとメリハリが生まれます。
この学生バンドが取り組んでいるBe-bop Trainingについてもアドバイス。「みんなが揃えて吹くということを目的にするならそのままでOK。ただ、インプロヴィゼーションを目的にしているなら改善の余地があります」。ここからしばらくアドリブ講座になっていきました。
ペンタトニックスケールを使った練習法に始まり、三つの音(BIG 3)だけ使ったソロの練習法など、ウィリーの知的かつ情熱的なワークショップに、会場はどんどん巻き込まれていきます。
気がつけば3時間以上におよぶクリニックはあっという間に終わっていました。
別の大学生ビッグバンドへのアドバイス
まずはトランペットセクションのクリニックから。In A Mellow Tone のトランペットソリを吹いて、それについてウィリーのアドバイスをもらう、というところから始めました。
「音楽で一番最初にすべき仕事はなんだろう」とウィリーは問いかけます。それは「feel good」の
状態を作り出すこと。
このバンドのトランペットセクションのソリはよく吹けている。ピッチも、タイムもアーティキュレーションもいい。けれども足りないものがある。それは、「feel good」になるための強さだ。ソウルだ。エネルギーだ。存在感だ。生命力だ。たたみかけるようにウィリーが語りかけます。
「頭で」演奏するところはよくできている。問題は「胸で」演奏するところだ。トランペットに限らず金管奏者は、あるいは木管も、マウスピース近辺の意識が強すぎる。楽器の「中へ」向けて音を出している。
そうではなく客席の後ろの壁へ音楽を届けるように、意識を楽器の「外へ」「遠くへ」出すように心がけよう。胸からあふれ出すものを届けるんだ。
さあ、もう一度吹いてみよう。ウィリーは全身を使ってリズムをとり、足を踏み鳴らして大きな声でカウントを出し、バンドの潜在能力を引き出します。
その場にいた誰もが違いを感じられるほど、トランペットソリには命が吹き込まれていました。
第三の大学生ビッグバンドへのアドバイス
まずはトランペット・クリニック。といっても、みんなに役立つ内容なので、全員がバンドの席に着いて受講しました。
「この中でインプロヴァイザーは何人いますか?」ウィリーが質問します。2〜3名の学生が恐る恐る手を上げます。ウィリーはくり返し訪ねます。
「この中でインプロヴァイザーは何人いますか?」
お互いに顔を見合わせる学生たち。さらにウィリー
「この中でインプロヴァイザーは何人いますか?」
「この中でインプロヴァイザーは何人いますか?」
「この中でインプロヴァイザーは何人いますか?」
ウィリーは全員の手があがるまで同じ問いをくり返しました。「そうです。全員がインプロヴァイザーなんです!」。「あなたたちは朝起きたとき、今日一日に話す言葉をすべて書き出しますか? 違うでしょう。友達との会話はすべてインプロヴァイズィングなんです」。
譜面に書いてあることや教則本は「道具」にすぎない。問題はそれをどう使うか。耳を使いましょう。耳で演奏することがジャズなんです。決められたことを完璧にやることも大切だけど、いまのみなさんに足りないのは、新しいことを創造しようとする姿勢ではないか。
たとえばペンタトニックスケールを覚えたら、それをどんどん拡大して使ってみる。スラーとタンギン
グを組み合わせてみる。毎日5分でもいいから、これまでやったことのないことを実験してみよう。
ひとつのモチーフをきっかけに、新しいエクササイズを10種くらい考案しよう。3つの音だけを使ってブルースを吹いてみよう。
「きよしこの夜」にような美しいメロディを、たっぷりの息で吹いてみよう。20フィート先で音を鳴らすつもりで。息の吸いから吐きをワンモーションでやってみよう。キーを変えてみよう。
ウィリーの指導は、エンタテイメントというスタイルをとった「思想」と言えます。そのエクササイズはまるでヨーガや気功のようなボディワークだとさえ言えます。
身体の使い方(調身)、意識の置き方(調心)、呼吸のコントロール(調息)のそれぞれがバランスよく含まれているからです。
ある音楽専門学校での講義
まずはリハーサル。ビッグバンドのメンバー全員がプロ志望ということもあり、ウィリーの指導は音楽ビジネスと関係あるトピックにも及びました。
「目を閉じてください。そして自分が他人と違う点はなにかと考えてください。ほんの少しで構わないので他人より秀でていることはなにか。30秒間考えてみてなにも思い浮かばないなら、おそらくプロとして成功しないでしょう」。
スタジオ内にピンと張り詰めた緊張感が漂います。そしてウィリーが「さあ目を開けてください。ひとりずつ聞いていきましょう」言って全員に尋ねていきます。「サウンド」「あきらめない心」「いい楽器」「耳の良さ」などなど、ひとりずつ自分の長所を述べていきました。
ロサンゼルスの音楽業界は熾烈な競争社会です。その中で生き残るために、ミュージシャンたちはさまざまなくふうを重ねている。テクニックはもちろんのこと、他者にはないユニークな特徴をアピールできなければ、仕事が回ってこないわけです。
あるスタジオでの講義
まず、大学生ビッグバンドに対するバンド指導。
Strike Up The Band
A Few Good Men
の2曲を使ってのワークショップです。
音楽に生命を与える、音は前へ前へと、ひとつの音から次の音へつなげる、リズムセクションはJAZZを演奏する、意味のあるストーリーを語るように演奏など。
つづいてトランペットクリニック。受講者は15名ほど。
練習に退屈しないくふう、毎日新しいことに挑戦する、教則本の使い方、耐久力のつけ方、ハイノートへのアプローチ、耳を使う練習、エクササイズを組み合わせる、本番で緊張しないために練習を本番と同じ緊張感でやるなどなど、貴重な話がいくつも聞けました。
ある社会人ビッグバンドへのアドバイス
リハーサルのしめくくりとして、バンドを前にウィリーがスピーチをしました。「譜面に書かれた一音一音がすべて大切であることをよく理解してください。4番トランペットでも、2番テナーでも、3番トロンボーンでも、あなたの出している音は、作曲家が考えに考えて書き込んだ音なのです。持てる情熱のすべてを注ぐつもりでその音を演奏してください。今日はいいコンサートにしましょう」。
即興ブルーズ
今回のツアー中、3回ほどビッグバンドで即興演奏をやりました。手順は以下の通りです。
まず会場の人から任意の音を5つほど選んでもらいます。たとえばCGEADなど。それを並べてテーマメロディとします。リズム隊はFブルース(テーマの音列によってキーは変わる)を演奏します。
そしてウィリーがホーンの各セクションに指示を出し、バッキングメロディを演奏させる。そこにソロ
イストが加わる。こうやってバンド全体が即興でブルーズを作り上げていくのです。
ウィリーは今回のツアー中、何度もバンドに語りました。日本文化はすばらしい。特に決められたこと
をきちんと仕上げることは本当にハイレベルだ。
しかし突発的なことに対処したり、次々と新しいことへチャレンジするのは苦手かもしれないと。
ジャズは即興の音楽。譜面に書かれたことを変えて変えて変え続けて、つねに新しいことを実験する。つまり「型にはまらない」ということです。
リハーサルのときは「一音一音が大切」と譜面に対する敬意を強調したウィリーですが、ジャズでは譜面を忘れなさいと説く。目ではなく耳を使え、頭ではなく胸で奏でよと。そうすることで初めて音楽に「生命」が与えられるのだと。
プロフィール
ウィリー・ムリヨ Willie Murillo (trumpet)
Gordon Goodwin's Big Phat Band でソロイストとして活躍するウィリー・ムリヨは聴衆を心底楽しませるトランペット奏者である。全国テレビ出演から子どもたちへの音楽教育まで、その活動範囲は幅広い。ロサンゼルス出身。
プレイヤー、作曲家、プロデューサーなどとして、 Brian Setzer Orchestra、Mariner's Church in Newport Beach、Robin McKelleなどとの仕事に取り組む。
またウィリーは教育的プログラムとして、高校生バンド向けの譜面を出版する Varsity Publishing という会社を設立。さらに教育者として、子どもたちのためのトランペット教育にも力を入れている。
子どもたちはウィーリーに習って大喜びだ。なぜなら彼は「Stuart Little」「Elf」「Christmas with the Kranks」などの人気映画でトランペットを演奏しているからだ。また、ウィリーは「The Tonight Show with Jay Leno」や「The Late Show with David Letterman」などのテレビ番組でも演奏している。さらにTony Bennett、Quincy Jones、LeAnn Rimes、Bob Dylanなどのビッグネームアーティストたちとも共演を重ねている。